こんな時に…も…
被災の酷かった地域の方々にお見舞い申しあげます、とともに、まだ余震が続きます。十分気をつけていきましょうね
私は電車が止まった時は笹塚で世田谷区内、すぐ帰れると歩いている途中、北沢小学校にお迎えに行っていた、友達親子にバッタリ会いました。最初は「家寄っていく?」という言葉に気軽な気持ちで寄りましたが、続く余震や乱れる情報に一人じゃなくてよかった…と痛切に思いました。
友達も、子ども達3人ソワソワ落ちつかない中、旦那さんが帰宅困難で帰れず、私が居てかえって心強いと言ってくれて泊まっていく事に。ありがとうo(^-^)o
私は独り身なので、子ども達が家に帰ってからの様子を垣間見る事は少ない貴重な時間でした。子ども達にとっては「いつもと同じ事といつもと違うこと、今日起こった地震と遠くで起きていること」をつなげるには難しく、不安がったと思えばはしゃぎもするし、日常のようで日常でない夜でした。
大人でさえ混乱する事態ですものね
でも、私の友達が節電と言って電気を消したり、お布団で寝られてよかったね、などの一言一言から何か感じていると思います
12日土曜日は、駒沢公園で自主保育グループの「卒会式」があり、なにぬの屋も公演として呼ばれていました。
こんな時に…こんな時にも…
考え方は色々ありますが、決行する事になりました。駒沢公園でお弁当持ち寄り、布芝居は電源使わないし、新1年生になる二人が楽しみにしていた門出です。
私も予定通り、11時に到着。12時から会が始まりました。最初に保育協力者のももちゃんが「みんなも昨日怖い思いをしたと思うけど、今も遠くで怖い思いをしている子がいます、そして亡くなってしまった方もいます。今日、会を始めるのにまずその方達に黙祷をします」と言って始めました。
子ども(幼児)にわかるように説明するのは難しいけど、きちんとしていました。
原発も心配、余震も心配、安否の確認、避難時の二次災害も心配です。チェーンメールが流れてしまうのも、「どうにかしなきゃ」という心が連載したり利用されたり。
昨日、友達の家に居させてもらい、ニュースを見て、少しでも意見交換しながら状況を見る事でずいぶん救われたなぁ、一人で悶々としていなくてよかったなぁと思いました。
人と繋がって、熱くも暖かくもなれば冷静にもなれる。
震災時、神戸にいた時、バザーのようにバラバラな支援物資を送られたりするとかえって仕分けに困った事、現地の方が求めていないタイミングで「慰問公演」をやりにきて団体名を宣伝して帰るアーティストに反感を感じた事を思い出します
でも、長い避難生活では、歌や絵や劇や笑いがとても必要と感じる事が多々あった。私もあの時、「何かできたらいいなぁ」と芸の道に入ったの(>_<)
あっあまりメールを頻繁に使うのもよくなかったですね。
関西や四国、九州からも関東の私にお見舞いメールありがとうございました。無事です、今出来る事をさがし行動したいと思います。